柔軟性の力

スポーツをしていると柔軟性の必要性をうるさいほど言われる。

ほとんどの場合が「怪我の予防」だ。

ただ、柔軟性の向上がパフォーマンスを上げることについては、さほど語られている印象がない。

トレーナーなどもパフォーマンスが上がると口にはするが、具体的にどう変わるかを説明できる人は少ないように思う。

実際、トレーナーや柔整などの身体の専門家でも「過度の柔軟性は伸張反射を鈍くしてしまう」と柔軟性がつくことによる弊害としてパワーや瞬発力の低下があると信じている人がいる。

実際、僕も人よりは少し身体が柔らかいけど、ある柔整の先生から「見た目よりも力は弱いはず」と言われた事があります。

まあ、実際スパーとかで対戦した人からは力が弱いと言われた事はないですが。

なぜ、トレーナーは柔軟性の重要性をあまり理解できていないのか?
それは、、、自分が柔らかくないからだと思う。

さらに言うと、柔軟性の高いアスリートは、一部の競技(バレエとか)を除きかなり少ない。
自分も硬いし、周りにも柔らかい人はいないとなると、推測でしかものが言えない。
なので、いまいち柔軟性の重要性がわからないのだ。

トレーナーの指導するストレッチに関しても、筋肉の緊張をほどくケア的なものばかりで本格的に柔軟性を上げるための指導はおそらくしたこともないだろうし、やり方もわからないんじゃないかな?

個人的には身体のケアとしてのストレッチと柔軟性を上げるストレッチは全く別だと思ってる。
実際に僕の柔軟を見てる人は、とても「身体のケア」をしているようには見えなかっただろう。

さて、ではスポーツ界で身体が柔らかい人はいないのだろうか?と探してみると、有名なところで一人います。

それは、野球のイチロー選手。



ストレッチに多くの時間を割くことも知られていますね。
(日ハムの大谷選手も柔らかいらしい)

とはいえ、イチローだけを引き合いに出しても説得力がない(気がする)ので、もう一つ例を挙げてみる。

それは、

ディープインパクト!

競走馬です。

ディープは身体も小さくネコ科の動物の様で、武豊騎手も「チーターみたい」と言っていたそうな。
当時、競馬界では身体が小さい馬は評価が低かったそうですが、ディープの出現によりその認識は改められたようです。

そして、そのディープのお父さんであり、日本の競馬界を変えた種牡馬であるサンデーサイレンスも身体が柔らかかったという事実があります。

サンデーは華奢で足はひょろ長くX脚気味で、筋肉は柔らかく、その身体的特徴は当時の相馬眼の基準からは「走らない馬」とされたそうです。

この時も筋肉が柔らかいことは「パワーや瞬発力がない」という認識だったようです。

ところがどっこい、サンデーはG1を勝ちまくる。

その後、種牡馬として13年連続リーディングサイアーになり、その産駒もサンデーと同じく柔らかい筋肉を武器に、重賞レースで勝ちまくり、「柔らかい筋肉はダメ」という常識を完全に覆したそうだ。


以上を見ても、柔軟性というものが持っている可能性はかなり大きいと言える。
一方で、柔軟性をつけるリスクがないとも言えない。

大事なのはその身体をコントロールすること。

選手は自分に合った身体をよく理解したうえでトレーニングすることですね。



スケールの違い

スケールの違いによって、対象となる世界が変わる。

金網があれば人間は先には進めないが、小さな蟻には難なく通れる。
おそらく金網の存在にすら気付いていない。

一方、小さな蟻には庭の水たまりは渡れないが、人間は気にも留めずに渡れる。

よくロープは人間サイズだと1次元だけど蟻には2次元であると喩えられる。

サイズによって世界は変化するのだ。

これは時間でも同じで、地上で1週間しか生きられない蝉に来週の天気予報は必要ない。

つまり、対象となる世界が変わるので、必要な情報も変わってくるのだ。

片方で必要な情報も、もう片方では不必要になり、その逆もある。

この「対象とする世界の違い」が同じ種族間でも起こるなら?

例えば「頭の回転が速い人」と「頭の回転が遅い人」は対象とする世界(情報)が違うのではないか?

なので、一概にどちらが優れているということはないのだと思う。


老後を考えて生きる人もいれば、何万年後かの人類の科学の進歩に思いを馳せる人もいる。そして、余命一年と言われた人はその一年を大事に生きるだろう。

大事なのは自分がどのスケールで生きているかを理解することだね。